人手不足、ブラック化 「辞めません」誓約書要求 保育士、怒りとため息/賞与返還、法人は否定
2017.2.19
http://mainichi.jp/articles/20170219/ddm/016/100/015000c
保育士不足が深刻化する中、複数の保育所を運営する埼玉県内の社会福祉法人とグループの株式会社が、保育士に賞与を渡す際「1年間辞職しません」との誓約書を提出させていたことが分かり、問題となっている。誓約書は保育士が年度途中で辞めるのを防ぐためだが、保育士らを支援する労働組合は「労働環境の改善ではなく、誓約書で離職を減らそうとするのはありえない」と主張。専門家は「辞めさせないために脅しをかけるような事業者は、少なからずある」と指摘する。【桐野耕一】
誓約書を書かせていたのは、グループ全体で首都圏に約50の保育所を展開する社会福祉法人と株式会社。同法人や保育士らによると、2015年3月と16年3月に「年度末賞与」を支給する際、1年間継続して勤務する保育士を対象に支給するとの趣旨から、あらかじめ「1年間退職しません」と記載された誓約書に押印とサインをさせ、提出を求めていた。
「誓約書を手渡された時、びっくりして『これは変じゃないですか』と言った。これまで勤めた園で、辞めないように誓約書を渡されたことなどなかった」。同法人の埼玉県川口市の保育所に勤務する中堅の保育士は憤る。
別の20代の保育士は「園長から、年度途中で辞める場合は賞与を返金するように言われ、それがプレッシャーになり、年度末まで我慢して働いた同僚もいた」という。この保育士は「年度途中で辞めるなとか、(休職で職員が減るため)妊娠するなとか言われると、保育士を消耗品としか思っていないんだなと感じる」とため息をつく。
毎年多数の保育士が入れ替わり、子どもたちが「先生がいなくなった」と泣いて、落ち着きを失っている様子もあった。保育士は「事故が起きる可能性も増える。保育士がころころ代わると、子どもの成長に合わせて適切な発達を促す良質な保育もできない」と訴える。
厚生労働省によると保育士の離職率は全国平均で約10%。全産業平均と比べ賃金が低いことなどが背景にあり、政府は保育人材の確保に向け、処遇改善を急いでいる。
一方、同法人は保育士の離職率は10~20%程度(パートを含む)と説明する。しかし、同法人の保育所に勤める保育士は「私のいる保育所では、20人いる保育士のうち毎年3~5人辞めている。今年度は7人辞める予定だ」と打ち明ける。年度末賞与は、保育士の引き留め策だったとみられる。
雇用者が退職を一方的に認めない場合は、民法などに抵触する恐れもあるが、法人側は毎日新聞の取材に「自己都合退職を禁止する趣旨はなく、4月1日以降に個人的事情で退職した職員はいた」と説明。園長が賞与の返金を示唆したとの主張に対しては「返還を義務として強要した事実はない。自主的に一部を返納した人はいた」とし、「賞与に際して誓約書の提出を求めることは今後一切ない」としている。
川口市の保育所で働く保育士を支援している労働組合「介護・保育ユニオン」は、労働環境の改善を求め、法人側と団体交渉を続けている。同ユニオンの森進生代表は「園長のパワハラやサービス残業もあったとの訴えもある。保育士を使い捨てるような状況だ。保育士に辞めてほしくないのであれば、まず労働環境を改善することが必要だ」と訴える。
補助金の格差が人材流出に影響
ユニオンが相談を受けた中には、退職した保育士に、子どもを預かることができなくなったとして、損害賠償を求めてきた事業所もあり、保育士不足を背景に、保育士が辞めないよう、圧力をかける動きが相次いでいる。
社会福祉法人の監査を担当する埼玉県福祉監査課は「保育士にプレッシャーを与えていたとすれば、いい保育にはつながらない。事実関係を確認し、必要があれば指導を検討したい」としている。
保育所が職員に就業継続を強いるような動きの背景には、待機児童解消のため、保育士確保を急ぐ自治体間の補助金の差も影響しているのでは、と指摘する声もある。東京都は勤続年数に応じた昇給制度のある施設を対象に、保育士1人あたり月額約2万円を独自で補助しており、17年度から更に約2万円を上乗せする方針だ。
埼玉県の担当者は「県南部は東京に隣接しており、同じ仕事なら、給与の高い都内で働きたいと思う保育士もいるだろう。(誓約書を求めたのは)都内に人材が流れるのを危惧したからなのかもしれない」と話す。
職場にパワハラの芽
人手不足やパワハラなど、保育所の抱える問題を取り上げた「ブラック化する保育」の著者で、保育ライターの大川えみるさんは「離職を防ぐため、誓約書まで提出させる事業者は珍しいが、園長が口頭で保育士が辞めないよう脅しをかける保育所は少なからずある」と指摘する。
地域の顔役を務める園長の中には、立場を利用して「辞めたらこの地域で保育士の仕事ができないようにしてやる」と保育士を脅すような言動をする人もいたという。
大川さんは私立保育所の園長を務めた経験がある。「多くの保育所は、国の配置基準ぎりぎりの人数の保育士で運営している。年度途中で辞められると、新しい保育士を雇おうとしても、時期によってはなかなか見つからない」と、強引な保育士引き留めが起きるような、厳しい人材確保の現状を語る。
保育所内ではパワハラも起きやすい、と大川さんはみる。「保育所は一般の会社のようにピラミッド型ではなく、園長、主任と垂直型に上司がいる組織。上からの力が働きやすい」と話す。「仕事もきつく、保育士は5年で半数が辞めるとされている。経営者や園長ら管理職は若い保育士がやりがいを持てるよう、パワハラではなく丁寧な指導こそが必要だ」と訴える。
■ことば
保育士の処遇改善
政府は保育士の離職を減らすなど人材確保のため、民間の認可保育所への補助金のうち保育士の人件費分として2017年度から1人月額約6000円上乗せする方針を示す。さらに、役職がこれまでおおむね施設長と主任保育士しかなく、給与が上がりにくかった構造を改め、経験7年以上の中堅保育士を対象に「副主任保育士」などの役職を設け、マネジメントや乳児保育などの研修終了を要件に月額4万円を上乗せする。経験3年以上の若手にも「職務分野別リーダー」職を新設し、研修終了を要件に月額5000円上乗せする方針だ。
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